ときは2月9日、新型コロナウイルスの流行が本格的になりそうな頃、女友だちとハノイを訪れ、8日間をかけてダナン、ホーチミンと南下してきました。
「新型コロナが猛威をふるいそうなのに、よくベトナム旅行をキャンセルしなかったね」との家族の恨み節もどこ吹く風とハノイのノイバイ空港に降り立ち、旅が始まります。
目次
ハノイの季節は冬、マスクはマストのお約束。
日本も暖冬とはいえ真冬の寒さでしたが、ハノイも季節は冬で日中は18℃ぐらいまで気温は上がりますが、夜は10℃くらいまで下がるので、薄手のダウンジャケットを着ている人もいました。私は裏キルト付きのスプリングコートを着て調度いいくらいです。
9日はハノイのランドマークの1つであるオペラ座の隣,フレンチクォーターにあるヒルトンオペラにチェックイン。ノイバイ空港からの移動は、専用車でのピックアップを日本から予約していたのでスムーズでした。
空港では外国人もベトナム人もほとんどの人がマスクをしていて、コロナへの警戒感が半端なくヒシヒシと感じられ、観光もマスクがないと入れない施設があったり、感染国日本からの旅人ならマスクは必携なんだなぁと実感しました。
人気レストラン「CAU GO」、パクチー抜きのメニューをオーダー。
初日は夕方の到着でもあり、近くのホアンキエム湖の畔を散策しながら水上人形劇場を見つけて観賞。
コロナのせいか人形劇場も空いていてチケットも前列VIP席(5列めまで)を購入できました。日本から予約代行する会社もありますが、高い仲介料を払わなくても劇場のチケットブースで見たい時間帯の公演がすぐに買えます。
観賞の後は、ベトナム料理の「CAU GO」で初日のディナータイム。この店はガイドブックにも掲載される人気店で、ホームページからダイレクト予約できるので便利。ただ雑居ビルの5階で見つけるのに難儀しました。眺めの良い席をリクエストしていたので、テラスから湖の夜景が見渡せます。
ロコビールのハノイで乾杯のあと、パクチー嫌いの友人のために、生春巻きも青菜炒めもパクチーを空心菜に代えてもらったりしながら料理を堪能しました。
バッチャン村もハロン湾の遊覧船もマスク着用で。
日本の有田焼のルーツといわれるバッチャン村で陶磁器のお買い物。バッチャンとは、白い土という意味で、その昔、遣唐使などで来ていた職人が当時は中国の一部であったこの村で作陶を学んで帰国した説があります。
この後にハロン湾に向かうのですが、観覧船に乗船前にはおでこで体温チェック、マスクも必ず着用しなくてはダメでした。生憎の雨模様で、ハロン湾は墨絵のような風景でした。
CAFE LAUTRECでは、欧米人に避けられる。
ヒルトンハノイから徒歩2分、五つ星のホテル ド オペラハノイの1階にあるCAFE LAUTRECで2日めの夕食。
ロートレックの世界感を表現した店内で、ベトナム×フレンチの食事をワインと共に楽しんでいると、隣に欧米人のカップルが座ったのだけれど、私たちが日本人とわかると、あからさまにさっと席を立って出て行ってしまう。
ちょっと嫌な気分にはなったけれど、そこは店員さんの「マダム、お勧めのワインがあるんですよ」という満面の笑顔で救われました。
首都ハノイは、中国文化の色濃い政治の街。
南北に細長いベトナムの国土面積は日本と比べて九州を引いたくらいとはよくいわれるところ。急峻な山岳地帯がほとんどで、北の紅河デルタと南のメコンデルタの2か所に文明が開けてきた国。
北と南では、気候風土も文化もまるで違うから、言葉も通じない別の国といっても過言ではないくらい。首都ハノイは、中国の領土であった歴史が長く、中国文化が色濃く残っています。
ベトナム独立の英雄ホーチミンが眠るホーチミン廟では、軍人が居丈高に構えて市民や旅行者を誘導している様子は、この国が共産主義の政権であることを知らしめているよう。もちろん敬意を持って見学をさせてもらっているのですが・・・違和感は否めません。
ハノイからベトナム中部の都市、ダナンへ。(詳細はダナン旅日記へ)
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