2020年7月 書評テーマ【夏の本】

ここは架空老舗書店の「晴天書房」。

看板娘のあんずと本好きライターが、あなたの本選びをお手伝いします。

今回のテーマは「夏」!
どんな本が紹介されるのか、あんずもワクワクです!

 

 

 

愛して、笑って、泣いたら
新しい服を買いに行こう!

初版が発行された1979年、私は青春時代の最中にいて、親からの自立を夢見ていました。この本はアーウィン・ショーが「ニューヨーカー」に連載していた短編小説を、のちに作家として直木賞を取る常盤新平が訳したものです。

「夏服を着た女たち」は男性の視点で書かれていますが、登場する女性たちがとても魅力的なのです。彼女たちは清廉で知的、そして洗練されていて、傷つきやすさを内包しながらもしっかり自分の足で立とうとしていました。周囲の男性は放って置けなくて、つい恋に落ちては関わってしまう大人のセクシーさを備えています。そのあり様が常盤新平の粋で洒脱な言葉選びによって、人物像がプリズムのように輝きを増して、ニューヨークという街の息遣いまでを感じさせてくれます。

「愁いを含んで ほのかに甘く」は、端役の女優キャロルが、恋人に別れを告げる電話から始まります。最後に彼がBARで待っていると、美しいブルーのスーツを着た彼女が現れ、ゴシップ誌を賑わせた不倫スキャンダルの隠された真実を話します。「私たちはもう2度と会えないでしょう。でも私はあなたを裏切らなかったことを伝えたかった。あなたにいい印象を残してお別れしたかったの」と頬にキスをすると、美しい足取りで夜の街を征服するかのように消えていきます。

 

弾ける色彩で生きる喜びを
表現し続けた画家の物語

夏といえば、海、ヴァカンス、コートダジュール。

私がご紹介するのは、南仏が舞台の「うつくしい墓」(原田マハ「ジヴェルニーの食卓」に収録)です。主人公・マリアは、青い海が輝く南仏・ヴァンスにある礼拝堂の修道女。白い壁に青・黄・緑のステンドグラスが美しいこの礼拝堂を手掛けたのは、20世紀を代表する巨匠アンリ・マティスです。実はマリア、若い頃この画家のもとで家政婦をしていました。

もともとはコートダジュールにある芸術愛好家のマダムの家で働いていたマリア。夏のある日、庭に咲いたマグノリアをある方に届けてほしいと言われます。その相手こそ、有名なマティス。届けた花を見事なセンスで活けたマリアはマティスに気に入られ、彼のもとで働くことに。凄惨な戦争を経験し、老いて体が不自由になってなお「生きる喜び」を描こうとするマティスの絵画と、その包み込むような人柄に魅了されていきます。

南仏の明るい日差しと真っ白なマグノリア、マティスの色鮮やかな絵画が目の前にありありと浮かんでくる文章。キュレーターの経験を持つ作者ならではの、アーティストへの愛情が感じられる作品です。南仏の空気が味わいたい方も、マティスが好きな方もぜひ!

 

それぞれの海への愛を
この夏、行動に。

個人的な話だけれど、祖父母の家は明石の一歩手前の駅、朝霧にある。幼い頃、はじめて一人で電車を乗り継いで向かったとき、須磨から海が見えるとほっとした。それから大人になり、親にいえない悩みを抱えて訪ねたときも、海の景色は懐深く私を迎えてくれたように感じた。海はあたたかく、豊かだけれど、少しのさびしさを連れてくる、特別な場所。そんな海が、今危機に瀕しているという―。

本書は、世界各国の企業や個人の、海の健康を取り戻すためのアクションを紹介する、雑誌『FRaU』 のSDGs MOOKだ。海洋プラスチックを集めて服飾にリサイクルする企業や、砂浜のプラスチックごみでアートを作る人など、個々の活動は様々だけれど、すべてに共通するのは海への愛だ。本書が心打つのは、それぞれが助けたいと願う海に個々の顔があることだろう。旅先でであった海、ふるさとの海、心を慰めてくれた海―。それぞれの心象風景にある海を思えば、海洋汚染は他人事ではなくなっていく。

コロナ禍で海が遠ざかってしまった今夏。海との新しいつながり方を考えるヒントに、本書を手に取ってみてはいかがだろうか。

 

ギラつく炎天下の夏休み、
「//=|」を残して友達が消えた。

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太田愛は、古いドラマでもつい見てしまう「相棒」や「トリック2」などの脚本家です。2012年には『犯罪者 クリミナル』で小説デビューし、その連作として本作を書いています。一見しては繋がらない事件が、からまる謎を解くほどにオセロゲームのように一直線に裏返っていく展開により、冤罪による悲劇を描きだします。

「1と10はつり合わなければならない。なぜならそれでこそ世界の均衡は保たれるからだ」
のメッセージから始まる第1章。23年前の夏休みに子どもがさらわれた事件の母親から、興信所の鑓水に子どもを探して欲しいという依頼が舞い込みます。この失踪した子どもと一緒に夏休みを過ごした相馬は、成長して交通課の刑事になっており、鑓水と共にこの事件に関わっていく。そうして元最高検察庁次長検事の娘が誘拐される事件が発生。その現場で発見された「//=|」の印は、失踪した友が最後に目撃された現場に残していたものと同じ。相馬の胸に彼がつぶやいた言葉が蘇ります。「俺の父親、ヒトゴロシなんだ」あの遠い夏の真実はどこにあるのか。そして今、何が起ころうとしているのか。

『幻夏』は、私たちがただ普通に生きているだけでは知り得ない社会の冷酷さや病理を、ミステリー小説の中で切ないまでに気づかせてくれます。

 

ご紹介した本まとめ

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