2020年8月 書評テーマ【ロマンあふれる大冒険!】

ここは架空老舗書店の「晴天書房」。

看板娘のあんずと本好きライターが、あなたの本選びをお手伝いします。

今回のテーマは「読書で旅する」。
今年はお盆休みもステイホーム、という方が多いですね。あんずと一緒に、読書で世界を広げましょう!

バックパッカーの旅を
嫉妬で味わう一冊

旅本を紹介するということで、ここは一番のお気に入りを!と選んだ。舞台は1994年。「この世にあるものを全て身体で感じたい」著者が、半年間アジアへ旅に出た。すでに彼の旅から四半世紀近くの時が経ち、特に中国、インドとも目覚ましい経済発展を遂げ、今見えている景色は当時のそれとはまったく違う部分も多いだろう。彼が旅したベトナム、タイ、マレーもしかり。

しかし、一人の若者が思い通りにならない旅で身悶えし、涙し、震え、立ち尽くし、フッと旅の終わりを迎える。その楽しく苦しく、美しい旅と余韻が凝縮された旅行記は、今読んでも色あせないおもしろさと感動に溢れている。

旅にはいろんなスタイルがあるが、埃にまみれ、安宿に泊まり、孤独になりながら、それでも旅を続けることは体力的にも精神的にも金銭的にも若者の特権だろう。旅の始まりと旅の終わりには、違う自分がいて、自分に挑むことも旅の醍醐味であることを、思い出させてくれる。そして、肌がヒリヒリするような旅の記録を、嫉妬心でもって羨ましく眺める、中年になった自分にも気づかせてくれる一冊だ。

 

 

個性派たちと異界を巡る
ローカル心スポガイド。

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二見書房

この夏公開の映画『事故物件 恐い間取り』の作者・松原タニシ氏が日本全国(+台湾)にある約200ヵ所のいわくつきスポットを巡ったルポタージュ。「事故物件住みます芸人」として活躍する著者が、恐怖を克服しながら異界に挑んでいく姿が一種の成長譚のように描かれているのがおもしろい。

本書の見どころを挙げるとすれば、同行者として登場する華井二等兵やにしね・ザ・タイガーなど、ある意味命がけで心霊体験に挑んでくれる芸人仲間の熱い友情(力関係?)と、地元の人にしかわからないどローカルなネタが散りばめられているところ。(松ヶ丘公園の「お菓子のチーズビットみたいなモニュメント」とか…著者と垂水区について語りあいたい!)奇妙な噂のある場所の謂れや成り立ちもきちんと教えてくれる、むやみに怖がらせない書き方には好感が持てるし(超怖い話を求める人には物足りないかもしれないが)、何よりも“異界のもの”に対する著者の限りなくボーダレスな感覚(あくなき好奇心とやさしさ)に憑りつかれそう!本書で本当に怖いのは、同行者として登場する大島てる氏と樹海マスター・K氏。心霊現象でも心霊スポットでもなく、人間の狂気に背筋が冷えるよ!

 

宝石のように煌く言葉に
いざなわれ、夢幻の旅へ

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≪窓辺に花咲くオレンヂと檸檬(レモン)。クロシェットの縁かがりをしたリンネルの枕。結晶セレンの呉藍(くれない)が美しいヴェネチアングラスには、ほんの少し炭酸が入った鉱水。琺瑯(ほうろう)の洗面台と籐の椅子。……≫
うっとりとするような言葉遣いで綴られる長野まゆみの『夜間飛行』。主人公は、ある特別な「石」を手に入れた者だけが参加できる秘密の遊覧飛行に参加した二人の少年です。彼らは波の音が聞こえる南の島のホテルで休日を楽しんだあと、旅で出会った不思議な老紳士を追いかけるうち、シトリンの流星群やルビィのような実のなる庭園、サファイヤのように発光する花の群生地などに迷いこみます。
『不思議の国のアリス』のようにコロコロと移り変わる場面、『銀河鉄道の夜』のように幻想的で美しい光景。登場する飲み物・食べ物も、≪ヴァニラの芳香が漂うアーモンドミルク≫や≪林檎に肉桂(シナモン)をたっぷりふりかけたシャルロット≫、≪スノードロップ(薄荷入りの砂糖)を加えたシトロン・プレッセ≫など、なんともロマンチックで魅力的。キンと冷えたソーダ水のように清涼感のある少年たちの冒険譚、蒸し暑い夏の夜の読書にいかがですか?

 

紹介した本まとめ

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